阿弥陀堂

阿弥陀堂

善光寺縁起
当寺は善光寺阿弥陀堂の別当寺として古くから建立され、特に鎌倉時代には地方民の信仰を集め、室町時代・江戸時代の領主をはじめ領民の阿弥陀信仰の拠点として栄えた。境内に鐘楼堂あり、そこに天保九年(1838)七月に鋳造された梵鐘がありました。その鐘銘に大同二年(807)に創建されたと刻してあった。中世期には当寺において大般若経の写経事業が盛んの行われ、現在その一部が山形市の立石寺(山寺)に残っている。奥書には、出羽国長井荘堂森常住物本聖仁光などの記載があり、延文二年(1357)に当寺の住僧、聖仁光が多くの僧の協力をえて写経したことが知られている。しかし宝暦十三年(1763)四月三日の火災で本堂を焼失、明和二年(1765)三月二十一日に再建され阿弥陀信仰道場として栄えた。また、明治二十六年(1893)に再び本堂・庫裡等を焼失し、明治二十八年(1895)十二月九日に再建されたが、この二度の火災によって全ての古記録を失い、現在では寺歴の詳細を知ることはできない。現在は境内に阿弥陀堂・本堂・霊牌堂・鐘楼堂・十王堂・子育て地蔵堂・仁王門・水子地蔵・前田慶次郎供養塔などが建立されている。

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